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山岡 徳貴子

京都市東山青少年活動センター

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掲載日:2011年9月18日

山岡 徳貴子 魚灯
「分岐点」という事を自分の中で思うとはっきりとした点を思い浮かべることはできない。いまだにグズグズと日々悩み続けている状態で。この歳までグズグズしているときっと命が終わるまで同じようにグズグズしているんだろうなぁと半ば諦めているほどだ。ただ、なぜ芝居をやめられないかということを考えた時一つだけしっかり思い浮かぶのは、離れ難い人が少しずつ増えてきたということかもしれない。これが微妙なところで、めちゃくちゃいっぱいそういう仲間が増えたなら自信を持ってヒョイと違う分野に乗り移れるのだろうが、閉じこもりぎみの私は年に一人の計算で仲間が増えていくぐらいの人見知りである。(実際にはにこやかに社交的に振舞うこともできるのだが、そういう関係の虚しさに抵抗して芝居を続けているのだから。)それほど貴重な友達がここにいるのにそこから離れる勇気がないのである。演劇的にどうだとか、質がどうだとかそういうことが優先されるけれども、しかしそんなことがどうでもよくなる時がある。それに実際どうでもいいのだ。表現なんてとても曖昧なもので何が一番大切なことかなんて人それぞれで線の引き方が違う。自分がいいと思えることはなんなのか、何が楽しく何に涙し何に心が揺らされるのかを見つめる作業が大切なのだから。そしてその作業を共にする仲間が出会っては別れの繰り返しでもゆっくりと増えればいいと思っている。そういう仲間とのぶつかりあいの中でのみ、自分の固まりつつある価値観をぶっとばしてくれるのだから。…いやまだ、ぶっとばせたらいいなぁぐらいのものだけれど。それを楽しみにグズグズと続けています。


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