ナツメ クニオ 作家・演出家・役者(劇団ショウダウン主宰)
自分がなぜ芝居の道にどっぷりとはまって、この世界で生きていくことを選択したのか、あらためて思い返してみるに、確かにいくつかの岐路が存在したように思う。
その中でも一番大きかったのは、学生劇団等を経て、旗揚げを決意した26歳の時の選択だった。
自分の作品を上演したい、そう思って決意した旗揚げだったが、その時点でちゃんと就職して芝居から足を洗う、そんな選択肢も確かに存在した。原作を書いて上演する、よほどの才能がないと認めてもらえないし、才能があってもチャンスはなかなか来ない世界。そもそも自分には自分が思うほど才能があるのだろうか?
それまでの演劇生活、なかなか芽が出ず、最後のチャンスのつもりで臨んだ旗揚げ公
演。ただ自分が面白いと思うこと、自分が見てみたいと思う芝居を上演する。手応えを感じなかったらきっぱり足を洗おう、自分には才能が無かったんだと思ってあきらめよう。
稽古が進み、予約も入り、みんなのモチベーションが高まる中、本当は毎日逃げ出したいと思っていた。
本番前のリハーサル、照明、音響が入って、舞台を実寸のサイズで使用してみて初めて分かることも多い。想定以上の広さ、雰囲気にどうしても不安になる。押しつぶされそうな不安を抱えながら、許されるならここから逃げ出したい、そんな思いを封じ込めてみんなの前で本番前の最後の言葉を吐いた。どたばたした流れで気合入れをして、そして迎えた本
番。もうどこにも逃げられない。役者もスタッフもそしてお客さんも、信じてくれてここにいるはず。そして本番が終わり、自分の劇団で初めてのカーテンコール。今でも覚えている。鳴り止まない拍手、役者、スタッフの憑き物が落ちたような顔、ニコニコしながら舞台上の僕たちを見てくれているお客さんの顔。その時初めて僕はきっとこの世界でやっていける、そう思えるようになった。
毎回とてもしんどい。しんどすぎる。きっと次の人生は芝居なんかやらないだろう。だけどこの人生は芝居に費やしてもいい。しんどさの10倍、本番の楽しさを知ってしまったから。先はまだまだ長い。どこまで行っても答えもゴールも無い世界、だからこそもがく価値があるのかもしれない。
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