高杉 征司 役者(執筆当時WANDERING PARTY)
今から10年前、大学三回生の終わり頃、さすがに就職について考えた。
まわりのみんなはとっくに就職活動を始めていて、だからといって焦りはなかったけど、
なんだか落ち着かない。俳優業をなりわいとするつもりではいたが、具体的な方策が見当たらないからだ。そんな折り、電話、応答、出演依頼、汗、イヤな汗、思考三秒、快諾、動悸、息切れ、でも根拠のない安堵。わずかに残っていた一般就職の可能性を捨て去り、一本の芝居に参加することを決めた。まさに一瞬のうちに何の方策も無いまま覚悟だけが決まった。
今になって色々考える。
何故芝居なのか、何故俳優なのか。何故あんなに簡単に決断したのか。
わからない。そりゃ色々言葉の限りを尽くして、ああだこうだと言うことは出来るが、本当のところはわからない。俳優以外にも「ロックスター」や「高校教師」になりたかった(正直、
「俺って・・・。」と思う)。中学のときからバンド組んでジャカジャカやってたし、教育実習いって国語教師の資格も取った。とまあ、興味のあることは触りだけやってみたわけ。その中で唯一俳優だけは「そのままの俺でいい」と思えた。最も露骨に他人を演じる俳優だけが「俺でいい」と思えた。
しかし反対に俳優という仕事にのめりこむことで、自分の醜さや至らなさと向き合わねばならず、また他人と関わることの難しさやその他人の大切さにもぶちあたる。そういうことを肌で感じながら、自分がどういう人間になりたいのか、なるためにはどうすればいいのかを模索しているわけだが、この「俺でいい」と「俺は駄目だ」というアメとムチがよかったんだな、きっと。
これは芝居に限ったことではなく、何でも一生懸命取り組めば同じなんだろうけど、私には芝居だった。「私には芝居」であることを10年前の私が感じ取っていたのだろう。 生まれてきたことに意味なんてない。ただただ与えられた命を好きなように全うするだけだ。
そんな風に思う私は、これからも芝居を続けていく。た、たぶん・・・。