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土田 英生

京都市東山青少年活動センター

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掲載日:2011年9月18日

土田 英生 劇作家・演出家・役者(MONO)
現場のバイトでクタクタに疲れて地下鉄に乗っていた。今から稽古だ。しかし稽古とはいっても出番はわずかで、ほとんど三時間ただ練習を見ているだけなのだ。東京に来て一年が経っていた。
 ため息まじりに地下鉄の車内刷りを眺める。ファッション雑誌の広告。「この秋の京都大特集」。金閣寺の写真が載っている。馴染みある地名がゴシック体で並んでいるのを見ているといても立ってもいられない気持ちに襲われる。帰りたい。だったら帰ればいいのにそれはダメなのだ。凄く恥ずかしいのだ。……大学を中退する時に大騒ぎしてみんなに触れ回った。そして東京に来る前日、送別会も開いてもらい、みんなから百ページを超えるメッセージノートももらった。いくらなんでも一年で帰るのは格好がつかない。ああ、あの時、もっと考えて行動すればよかったと後悔するがもうどうしようもないのだ。我慢しよう。とにかく我慢しようと言い聞かせ、いつもより張り切って少ない出番の稽古をする。
 その日は稽古場から家まで2時間歩いて帰った。そして途中で立ち寄ったラーメン屋でチャーシューメンをすすっている時だった。突然泣けてきた。なぜ泣いているのか自分でも分からないのに涙は止まらない。店の人も不思議そうに僕を見ている。これはこれで恥ずかしい。食べかけのラーメンをそのままにして店を出た。やっとアパートに辿り着くとポストに後輩からの公演案内が入っていた。
 そうだ、自分で劇団を作ろう。そういう理由で帰れば恥ずかしくないかもしれない。そう考えた途端、気分が晴れて行くのが分かった。メンバーは? 台本は? お金は? 頭の片隅にはそういった現実的な問いが浮かんではくるのだが、その時の気持ちの流れに対しては何の抵抗力も持たなかった。
 すぐに京都に帰ろう。僕はノートを広げ劇団名を考えはじめた。

 


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