「機織りの町の昔ながらの魚屋さん」
浅井鮮魚店 【浅井 康博 さん】
第10回目のインタビューは、西陣児童公園のすぐ近く、前回のインタビュー先である陶芸教室「凡」のお隣にある「浅井鮮魚店」でお話を伺いました。店主の浅井康博さんは、珍しいクジラ柄のネクタイを締め、暑い日差しの中水を撒いたり魚を捌いたりと、忙しく仕事をこなしながらも快活に話される姿が印象的でした。このクジラ柄のネクタイの絵は、西陣小学校の児童が描いたデザインだと教えていただきました。
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お店の外装は木造の町家で、木彫りの魚の看板が吊るしてあります。お店のある大宮今出川界隈は町並みの保全がすすめられている地区であり、隣近所にも町家が多くあります。鮮魚店の外装も以前は洋風でしたが、改装して今はすっかり町並みにとけ込んでいます。
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浅井鮮魚店は70年ほどの歴史があり、浅井さんはお父さんが亡くなった際に、お母さんからのたっての願いもあり、大学を卒業してすぐ後を継いで2代目です。鮮魚店というと、今の若者の世代には、あまり馴染みがないですが、今は上京で10軒足らずになってしまいましたが、20年ほど前は200軒もあったといいます。 朝は中央卸売市場から魚を仕入れます。注文に応じておすすめの海産物をみつくろったり、配達ではお客さんの家の奥座敷まで持っていったりする昔ながらのス タイルで仕事をされています。味噌漬けや酢漬けなど奥さんが調理して配達することもあり、ご夫婦で協力してお店を営んでおられます。お客さんは近隣の西陣 の方がほとんどですが、西陣から引っ越しても注文を下さる方もいて、長いおつきあいのお客さんが多いといいます。仕事をする上で「信用が大事」と浅井さん はおっしゃいます。市場での仕入れもお客さんとのやりとりも、長い年月の間で培われる信用を大切に、真面目に仕事に取り組み続けています。
浅井さんは、生まれも西陣で、西陣小学校の出身です。幼い頃は船岡山のふもとに住んでいたこともあり、船岡山は賑やかな子どもの頃の遊 び場でした。「昔は、隣近所が全部織物関係のお店で、ガシャコンガシャコンと機織りの音が始終聞こえたね」と浅井さんはおっしゃいます。現在は、町内に機 織りは4軒しかありません。この10年の衰退が目立つ様で、機織りを廃業した家は、ガレージになるか新しい家を建てるかで、古い町並みが味気ないものになってしまいます。しかし、最近は町家の再利用が増えつつあります。鮮魚店のある1つ南の通りには町家に何軒も新しいお店が入っており、他にも町家をホテルに改装したりしている所もありました。これからもどんどん町家を利用して、西陣の町が活気づいてほしいという想いが浅井さんにはあります。
お気に入りの場所を尋ねると、智恵光院通りにある首途八幡宮(かどではちまんぐう)と桜井公園だと教えて下さいました。緑の多い小さ な池のある公園と隣接するひっそりとした八幡宮は、仕事の合間に休むのにとても気持ちのよい場所だということです。桜井公園は、元々民家(吉川さん宅)が あった所なので、奥さんは「吉川公園」と親しみを込めて呼んでおられました。
(執筆:山田絵理香)
☆スタッフの感想
・お仕事の話や近所のお好きな場所、また機織り、町家などのお話を通して、西陣地域への関心がさらに深まり、西陣についてもっと知りたいなと思いました。(早川)
・インタビュー後にスタッフで鮮魚店の近隣を歩いて廻りました。今はのどかな町だと印象を受けますが、古い建物と新しい建物の両方が混 在する中で、今でも機織りの音が聞こえ、浅井さんのおっしゃるような織物で活気づいていた時代を思い描くことができます。古い町並みを守りつつ、新しい人 の流入があることで、西陣が賑わえればいいと感じました。(山田)