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26. 【西陣織職人】 今村喜久雄さん

更新日:2014年03月18日(火)

西陣ひと・まち・もの語り26
2014年2月25日

織職人の心意気

今村 喜久雄 さん 【西陣織職人】

千本今出川の交差点を北へ上がって、今でも織機の音が聞こえてくる路地を奥に入ったところに、今回私たちが伺った今村さんのお宅はあります。

今村さんは、織機を使った機械織りをされている数少ない職人さんです。私たちはまず、実際に織機が動いている様子を見学させて頂きました。ガシャン、ガシャンと大きな音を立てながら多くの部品が複雑に動いている様子はとても迫力がありました。特に、糸が束になって入ったシャトルが矢のように速く左右に行ったり来たりしていたのが印象的でした。織機がどのように糸を織っていくかはフロッピーディスクに入っている、模様の色目のデータによって決まっています。3.5インチのフロッピーディスク1枚に、紋紙6,000枚分
(=シャトルが6,000回往復する分)ものデータが入っているそうです。

しかし、機械織りだからといって、全て機械任せで楽だというわけではありません。織機が止まるたびにシャトルに入っている糸の色を変える、織機が動いている時に糸の調子を調節するといった細かい作業は人間にしかできないのです。織機が糸を織っていく様子を見つめるまなざしは真剣そのものでした。また、手織りと違って機械織りは、ずっと立ったまま作業をしなければならず、織機の音をずっと聞き続けていることによって難聴になってしまう職人さんも多いとのことです。にもかかわらず、今でも日に10時間ほど作業をされているというお話を伺って、大変驚きました。
今村さんは、戦後間もない頃から60年以上織職人のお仕事に携わっておられます。「戦後すぐの時代は生活していくのが精一杯という状態で、中学校に通うのも困難だった」と振り返っておられます。その一方で、当時は物資が大幅に不足していたため、あらゆるものへの需要が増え、西陣織が復活するきっかけになりました。そして、終戦から5年ほど後に、機械織りが実用化されました。当時の織機は現在のものとは異なり木製で、故障が絶えませんでしたが、徐々に改良され今の織機に至っています。

現在、今村さんは高島織物という会社の下請け、という形でお仕事をされていて、着物の帯などを織られています。この高島織物は、他の会社が使わないような特殊な素材を利用した織物や、縦糸で模様を描いたり、糸の柔らかさの違いによって織物の手触りを変えたりするといった工夫を凝らした織物を生産しています。

また、数年前には清水寺や金閣寺といった京都市内の名所の写真を加工した織物を作られていて、現在でも京都市内の小学校などに飾られています。いくつかの作品を見せて頂いたのですが、細かい部分まで丁寧に織られていて、油絵のような色使いが非常に美しかったです。これらの作品を作る際に、「試行錯誤を重ねながらどの色の糸を使うかを決めていくのが楽しかった」、と懐かしんでおっしゃっていました。「60年以上織物を作っていても今まで気づいていなかった発見があり、それが仕事の魅力でもある」、というお言葉を聞いて、お仕事への強い思い入れを感じました。

このように、様々な優れた織物を生み出してきた機械織りですが、多くの課題も抱えています。オイルショックやバブル崩壊以降、着物などの需要が減少したため、機械織りに携わる職人が少なくなり、後継者を育成する余裕もなくなっています。さらに、織機の部品も現在では作られなくなっているため、このままだといずれは織機を使うことができなくなってしまうそうです。利益や安さの追求、大量生産、大量消費といった風潮の中では、西陣織のように釜やボイラーなどの大きな設備を必要とする、多くの工程からなる分業生産の商品はどうしても不利な立場に立ってしまいます。時代の流れとはいえ、機械織りがいずれ全く行われなくなってしまう、というのは何とか避けられないものかと思います。

今村さんは、生まれた時からずっと溝前町に住まれていて、以前は「溝前町を守る会」の活動にも携わっておられました。この「溝前町を守る会」は防災倉庫の整備や防災訓練といった災害対策を行っていますが、このような活動を自主的に行っている地域はあまりないそうです。また、溝前町でも高齢の方が多くなっているため、どこに誰が住まれているかを把握し、災害時に連絡をとれるようにする、という活動も行われています。

最後に、これからは働く場所が少なくなり、生きづらい時代だが、まわりのことを温かい目で見て、弱者への思いやりを持つ人になってほしい、というメッセージを頂きました。様々な時代を生きてきた今村さんのお言葉が、強く心に残りました。(執筆:西田拓真)

 

○感想○
・今村さんはこの道60年以上のベテランですが、まだまだ勉強途中で、新しい発見や問題に直面することもあり、それがまたおもしろいところだと仰っていたのが印象的でした。また、初めて見た機械織りの織機は迫力がありました。機械といっても、人間の手が加えられ織物が完成されるのだなと感じました。(山中)

・室内に木霊する機織りの旋律が深く身体に刻みこまれた。経験豊かな職人と機織り機の醸し出す協和音は律儀であり見事なモノである。(達城)

・機械で作るとはいえ、柄の配置を考えたり、色をかえたり、やはり微妙な部分は人の手が加わっていて、どんなにハイテク化しても人が作ることの大切さを改めて感じました。
また、西陣織の後継者がいないという現状を聞き、日本の伝統が廃れつつあることを私達若者がどうにかしていかなければならないと思いました。(福田)

・今村さんは、西陣織職人として活躍されているだけではなく、以前に数多くのクイズ番組で優勝され、ヨーロッパに行かれたこともあるそうです。文学や歴史などを独学で勉強されたと伺い、好奇心の豊かさに驚かされました。(西田)

・力織機の手織りとはまた異なる力強さを体感することができました。たとえ、生地を織るのは機械であったとしても、糸の色の調整や仕事に対する情熱があってこそ、手間暇をかけて作品を作り上げることができるのだなと感じました。今村さんが、「まだまだ勉強することはたくさんある」と仰っていたのが強く印象に残っています。(日裏)

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