分岐点

すぎた じゅんじ

更新日:2011年09月18日(日)

すぎた じゅんじ Haru(アコースティックバンド)
音楽で初めてお金を戴いたのは大学一年の夏。Haruで今も一緒に唄っている田中と2人で東京に殴り込みだと新宿駅に降り立ち、道端にギターケースを広げ、大声張り上げて唄ってみた。ギター2本、声2つ。立ち止まる人はなく、1時間、2時間と過ぎていく。初日の収入ゼロか、と諦めかけた時、50円玉がギターケースに小さな音を立てて入った。見ればサラリーマン風の男の人が去っていく。この人が僕たちの唄を聴いていたのかは定かではないが、これが音楽で稼いだ初めてのギャラになった。今でもその50円玉が落ちる音を覚えている。
 たとえ50円でもお金を戴けばプロだという考え方もできる。一理ある。でも明らかに僕たちはアマチュアだった。お金を戴くことに対しての責任感も、失敗をしては取り返しがつかないというプレッシャーもなし。でもそれから時を重ね、少しずつ何かが見えてきた。プロには何かもっと精神的な部分での違いがある、と。それが僕にとっての大きな「分岐点」だったように思う。その違いはきっと音楽だけに限らず、どんな世界にもある、共通の「大きな境目」であろう。難しいことをやり大金を稼ぐだけがプロではない。観客動員数はプロとアマチュアを分ける物差しにはならない。武道館をいっぱいにするアマチュアもいれば、ライブハウスで数人の客を前に最高のステージを見せるプロもいる。考え様によっては誰もが今すぐにプロになれる。
 必要な時に、必要なものを確実に届ける。その仕事には芯がある。そこにはある種の張りつめた空気が漂い、一種独特の光が差す。僕たちから生まれる音楽がいつもその輝かしい世界の一つであるように努力を惜しまないでいよう。

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