分岐点

増田 記子

更新日:2011年09月18日(日)

増田 記子 役者(執筆当時 MONO)
そういえば、高校生になったらギターを弾こうと思っていたのに、友達に誘われて剣道部に入ってしまった。大学生になったら今度こそ軽音楽部に入ろうと思っていたのに、クラブ紹介をしてた先輩が素敵だったので、ESSのドラマセクションに入ってしまった。そこで私は演劇と出会うことになったのだが、振り返ってみると、「どこへ向かおうか…?」と進む先を決めようという時に、なぜか自分の予期していなかった選択肢がひょっこりと現れて、なんとなくそれを選んでしまうことがある。
「なんとなく…」というと、単なる優柔不断のようだけど、不思議とそれには逆らえなくて、結果的にそういったひとつひとつの選択が、今につながっているんだと思う。 実際のところ、私は迷い症で、どうしたらいいのか迷うと動けなくなるタイプで、“自分の意志がはっきりしていて目標に向かって突き進む人”がいつもうらやましかった。でも、自分の場合は意志が弱く、迷ってる時に無理に動いてもうまくいかないので、そういう時は『運』とか『縁』とかを頼りにすることにしている。自分一人ではどうしていいか分からないし、どうにもできないことがあるから…。
MONOに入る前、MONOが旗揚げからしばらく公演をしていたKSKホールという、小さいホールに勤めていたのだが、私はホールのスタッフの仕事のかたわら、学生時代の仲間と作った社会人の劇団で、年に1本程度の公演活動をしていた。定職につかず芝居に打ち込む人達には、どこか少し負い目を感じていた。自分のやってることが中途半端にも思えたが、仕事か劇団のどちらかに絞ることもできず悩むようになっていた頃、不景気でホールが閉鎖になり、して会社をクビになってしまった。個人的には「いざ、芝居に専念しよう!」と意気込んだものの、劇団の仲間は皆、定職を抱えていたから、なんだか気合いが空回りしたが、仲間が好きだったから続けていきたかった。…と思ったのに、その仲間たちに結婚や留学やらが相次いで、劇団は休団(事実上は解散)になってしまった。かなりショックの大きい出来事が重なってしまい、途方に暮れながら、自分はどうしたいのかを一生懸命考えていた。そしたら、それまでの『縁』でMONOの土田君が「一緒に芝居をしないか?」と『運』をもってきてくれた。これまた、自分の予想には無かったので、迷い症の私は半年以上迷ったのだが、迷った結果は…お分かりの通りです。

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